ナボコフノート

ここは閉鎖されたLYCOS掲示板「ウラジーミル・ナボコフについて語りましょう」の移住地です。 でも掲示板ではありません。 掲示板での『賜物』に関する投稿を元にしつつ『賜物』を通してナボコフを、ナボコフを通して文学を語れたらいいと思います。  ページタイトルは「ナボコフノート」、著者は「Vladimir」。  一応『賜物』の注釈の体裁になっていますが、わたしが目指しているのはアルフレッド・アペル・ジュニアではなく チャールズ・キンボートです。 02/10/22

賜物

はしがき

第一章

ナボコフ情報

新潮文庫版「ロリータ」若島正訳 11月1日発売。

「テヘランでロリータを読む」(アーザル・ナフィーシー著 市川恵里訳 白水社)を読む。 ヘジャブ着用を強制された革命後のイランで英文学を教えていた著者の回想記であると同時に、第1章の「ロリータ」から第4章の「オースティン」まで、独特な視点の文学案内でもあります。「ヨーロッパ文学講義」にあるナボコフの言葉「優れた小説はみなおとぎ話である」を受けて彼女は言う。

あらゆるおとぎ話は目の前の限界を突破する可能性をあたえてくれる。そのため、ある意味では、現実には否定されている自由をあたえてくれるといってもいい。どれほど過酷な現実を描いたものであろうと、すべての優れた小説の中には、人生のはかなさに対する生の肯定が、本質的な抵抗がある。73頁

極端なイデオロギーに支配された過酷な現実だからこそ、イデオロギーの役割が少ない「ロリータ」のような小説を読み、またそれが全体主義体制に対して大いなる抵抗でもあると彼女は主張するのです。 小説とは何か、小説を読むことの意義をあらためて問いかけてくる良書でした。 06/10/13


「ロリータ」若島正訳 11月30日発売 05/11/16


スタニスワフ・レムの「高い城・文学エッセイ」(国書刊行会 2004)に収録されている「ロリータ、あるいはスタヴローギンとベアトリーチェ」を読みました。 ドストエフスキーとナボコフとの類縁を指摘しているところはおもしろかった。「罪と罰」のスヴィドリガイロフに関して。

自殺に先立つ最後の眠りの最中、彼は次のような夢を見る。夜、彼はホテルの薄汚い廊下の片隅で、激しく泣いて凍えている少女を見つけ、自分のベッドに寝かしつける。少女は初め眠っている振りをしていたが、そのあと――この少女が彼を!――誘惑しようとするのである!
 これがそっくりそのまま、今度は夢ではなく現実のものとして、ハンバートとロリータの間に生じた。(加藤有子訳)

これは気づかなかったです。もっともナボコフも気づいてないかも。
ただレムは主人公のハンバートにドストエフスキー的・「デミウルゴス」的な自立性がないところが 「ロリータ」の結末の弱さになっていると感じているようです。05/11/15


若島正さんのHPによれば、ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』新訳が11月に新潮社より単行本で出るそうです。05/09/02


遂に発売!
「ナボコフ=ウィルソン往復書簡集」 04/12/12


いま、NHKラジオ第2の「カルチャーアワー・文学と風土」(土曜午後9時半)で「ロシア恋愛小説の読み方」というシリーズが放送されています。講師は草野慶子さん。オーソドックスにツルゲーネフの『初恋』からはじまり、最後はナボコフの『ロリータ』で意表をつく13回の構成。楽しみです。04/10/09


今週号(6月24日号)の週刊文春で坪内祐三さんがジョイスの「ユリシーズ」を紹介しています。坪内さんが何度も挑戦しながらも挫折していた「ユリシーズ」を読み通すことができたのは、ナボコフの「ヨーロッパ文学講義」のおかげだとか。04/06/17


「すばる」5月号の大江健三郎さんの『「夢を見る人」のタイムマシン』にこんな文章があった。

・・・・・・これはロシア生まれの大作家ウラジミール・ナボコフの一節ですが、
 ――さようなら、私の本よ! といったわけなんです。

え?この一節なら知ってる。というわけで、他でもナボコフについて何か言ってないかと調べてたら大江健三郎ファン倶楽部の掲示板で講談社の文庫情報誌「IN POCKET」4月号にインタビューがあるのを知り今日買って読みました。大江さん、ここでもナボコフを語っています。最近になってナボコフにはまったみたいです。「小説家として最も豊かに、読む人の心に本当に食い入る小説を書くという言葉の技術で、ナボコフに勝る人はいないのではないかとすら思った」なんて。そして『取り替え子』『憂い顔の童子』に続く三部作の締めくくりの小説のタイトルは『さようなら、わたしの本よ!』だそうです。
今日からわたしも大江健三郎ファンになります。04/04/20


中田晶子さんのTransparent Thingsによれば、2004年4月より日本ナボコフ協会事務局が愛知淑徳大学文化創造学部杉本研究室http://www10.plala.or.jp/transparentt/jimukyoku.htmlに移転したそうです。04/04/04


読売文学賞の随筆・紀行賞を受賞された若島正さんの記事が今日の読売新聞の夕刊に載っていました。今回の栄誉はナボコフ・ファンにとっても嬉しいことですね。記事の最後を引用。04/02/04

・・・・・・敬愛するナボコフから教わったという細部への目配りを併せ持つ総合的な読解力への期待は高い。
「助走を終えて、本格的に仕事をするスタートラインにいると思う。受賞がこれからの励みになります」。 近くナボコフのロリータ論の執筆に取り掛かる予定だ。(佐藤憲一記者)


DVDが発売されたので、フランソワ・トリュフォーの「華氏451」を観る。
「本は何も教えてくれない」「実在しない人間の物語は人を不幸にする」「読むと誰よりえらくなったと信じ込む、これはマズい、幸福の道は万人が同じであることだ」というわけで、本を読むことが禁止された世界の話です。この映画の中の Fireman は火を消すのではなく、禁止された本を燃やすのが仕事。

Monday we burn Miller, Tuesday Tolstoy, Wednesday Walt Whitman, Friday Faulkner, and Saturday and Sunday Schopenhauer and Sartre.

焚書シーンなどで、この映画には本がたくさん出てきます。
「ドン・キホーテ」「月と六ペンス」「虚栄の市」「ボヴァリー夫人」「不思議の国のアリス」「ロベルトは今夜」「白鯨」「ドン・ジュアン」「父と子」「泥棒日記」「ジェーン・エア」「ジェスティーヌ」「ライ麦畑のキャッチャー」「地下鉄のザジ」「デイヴィッド・カパフィールド」・・・・・・。
そしてナボコフの「ロリータ」も燃やされていました。

ロボットの一切でてこないSFですが、この画一化された世界では人間自身がロボットのようになってしまう。――感情がなくなり、オイルを交換するように血液を入れ替える――
この世界に適応できない異端分子は森へ逃れ、各人が本を1冊丸暗記した Book people となり、暗黒時代が終わって再び本が出版されるときに備えています。映画としては盛り上がりに欠け面白味のない出来だけれど、本好きなら嫌いになれない作品です。03/11/30


『ナボコフ伝 ロシア時代』上・下巻、ブライアン・ボイド著、諫早勇一訳、みすず書房、刊行。
本屋に行ったら「透明な対象」「ディフェンス」「ベンドシニスター」と一緒に並んでました。03/11/22


『青白い炎』がちくま文庫より11月12日刊行予定。出版については半信半疑でしたが、本当だったのですね。03/10/02


ZEMBLA のアドレスが変わっています。
新URL: http://www.libraries.psu.edu/tas/nabokov/zembla.htm 03/08/04
さらに訂正、こっちです。http://www.libraries.psu.edu/nabokov/zembla.htm 03/10/14


ブック・レビュー・ガイドは新聞、雑誌でのナボコフ関連情報を得るのにいつも利用しています。 ここで、小説現代8月号に丸谷才一さんがナボコフの『賜物』について何か書いてるのを知り、書店にダッシュ。 読んでみたら丸谷さんの新作小説をめぐっての井上ひさしさんとの対談の中でナボコフについてちょっと触れてるだけでした。

ナボコフに『賜物』という小説があって、これはロシア文学史早わかりみたいな小説なんです。 ぼくはその小説が好きで、いっぺんこういうのを書いてみたいもんだなあと思ってたんです。

その小説が「輝く日の宮」だそうです。 井上ひさしさんはナボコフの話には乗ってこないので、たぶん『賜物』は読んでないんだと思いました。 03/08/02  


巷にあふれる、アメリカ文学を中心とする翻訳本の海で溺れないための作家ガイドとして、また読んだことのない作家について知ったかぶりをするときのアンチョコとして『サロン・ドット・コム 現代英語作家ガイド』,(ローラ・ミラー+アダム・ベグリー編/柴田元幸監訳、研究社)を入手しました。
購入した一番の理由はもちろん、ナボコフの項を若島正さんが書いているからです。 ここで若島さんはナボコフの小説を入門篇『プニン』から最上級篇『アーダ』に分けてその魅力を指南してくれます。
『青白い炎』(上級篇)についての部分を引用。

後者は、長詩とそれに付けられている狂った注釈という凝った形式を取っており、そのせいでポストモダン小説好きの批評家がよくその手の作品を論じるときに引き合いに出したりするが、そういう批評家はナボコフを読んだことがないのに決まっている。

これはうけました。

小説を好きな人はその批評よりまず小説を読みましょう。 バルトよりバルザックを、バフチンよりドストエフスキーを。
もっともわたしはまだ『アーダ』を読んでいないんですが。 03/04/26 


去年のボルヘス会での高橋源一郎さんの講演「ボルヘスとナボコフの間に」が「すばる」5月号に掲載されています。 03/04/13


『憂い顔の童子』で紹介されている言葉(すべての真面目な読書はリリーディングだ)  をロラン・バルトはどこで言っているのか探してみようと、とりあえず読んでみたのが『S/Z 』 (バルザック『サラジーヌ』の構造分析)、沢崎浩平訳、みすず書房(1973、原書1970) です。
ここでバルトはテキストの「複数性」が「読み得る」条件,「古典的」である条件だとした上でこう書いています。

…ここでは、再読はただちに提起されている。 なぜなら、それだけがテキストを繰返しから救うからであり(再読を軽んずる人は、到る所で、同じ物語を読まざるを得ない)、テキストをその多様性と複数性の中で増殖させるからである。
…再読はテキストを内部の年譜の外に引き出し、神話的時間をふたたび見いだすのだ。(p.19)

バルトはソシュールの用語―signifiant (シニフィアン、記号表現)、signifié (シニフィエ、記号内容)―を意味を広く採って使います。

・・・古典的テキストの2つの大きな管理機能を定義するのは意味の方向づけである。 すなわち、作家はつねに記号内容から記号表現へ、内容から形式へ、計画からテキストへ、情熱から表現へ向かうと思われている。 そして、それに対して、批評家は逆の道を、記号表現から記号内容へと遡るのである。(p.206)

この本ではバルトはあくまでも記号表現の多様性、複数性を確認すること―目的を持った探究でなく、言葉の迷路をさまようこと―に主眼をおいているかのようです。

われわれがテキストを再読することを承諾するのは、知的利益(よりよく理解する、事情を心得て分析する)のためだというのは間違っている。 それは、実際は、そしてつねに、遊戯の利益のためである。 記号表現を多様化するためであって、何らかの最終的な記号内容に到達するためではない。(p.195)

バルトの目的はあくまでも「構造」の分析で物語の「解釈」ではないのですが、コインの両面である記号表現と記号内容が分離できないという特性のために提示されるその「解釈」がむしろこの本を「読み得る」ものにしています。
『S/Z』には巻末にその分析対象であるバルザックの短篇『サラジーヌ』が収められているので、それを読んでからバルトの精微な読みを堪能することができます。 わたしも大いに刺激を受けました。 と言っても今後ナボコフを題材に「エクリチュールの実践」をするわけではなく、再読するだけですが。 ただわたしが『賜物』に関する消えた掲示板の投稿を飽きもせず(途中まで編んで壊したセーターを再び編みなおすがごとくに)ナボコフを読み返しながらUPしているのは バルトの言葉を借りればまさに「遊戯の利益」のためで、それが楽しいからです。 03/04/13


ナボコフ好きが好む作家たち、だそうです。 03/04/09


「ジャンキーでおかまで妻殺し」、帯の文句につい手に取り、ページをめくってみたらナボーコフの名があったので買ったのが『たかがバロウズ本』(山形浩生著、大村書店)。  以下引用。

バージェスは小説家を2種類に分類する。 一つは、ことばをある世界を描き出すための透明なツールとして使おうとする小説家。 そしてもう一つは、ことばをことばそのものに耽溺する形で使う小説家。 これは必ずしもきれいに分かれるものではない。でも前者の例は、J.K.ローリングでもいいし、北杜夫でもいいし、フィリップ・ロスでもスティーブン・キングでもいい。 そしてもちろん、ジョイスは後者の代表選手だし、ウラジーミル・ナボーコフもそうだし、バージェス自身もここに入るだろう。 ウィリアム・バロウズも文句なしにこの後者に入る。

このバロウズ本には作家ウィリアム・バロウズの生涯と作品の解説、世間の評価とそれらの批判的分析、充実した関連情報や参考文献等、一人の作家の評伝として必要なものはすべてそろっています。
その豊富な情報量故に買っても損はしないでしょう。 わたしも上の引用部で言及されていたアントニー・バージェスの書名をメモしときました。
ただバロウズを読んだことのない人(要するにわたしのような人)がその小説のおもしろさを知ろうとして読むと、最初に「多くの人にとって、バロウズの小説はつまんないのである」なんて言われて途方にくれてしまいます。 第8章で述べられているような小説としてのバロウズの特徴、魅力にについてもうちょっと触れてほしかったです。

書名を訂正。 『たかがバロウズ本』ではなく『たかがバロウズ本。』です。

ところで彼女もナボコフ好きらしいです。(Who are your favourite writers now ? 以下参照)  03/03/21


毎日新聞2月23日朝刊の書評欄、「この人、この3冊」のコーナーで鼓直さんが紹介していたのは『ドン・キホーテ』(セルバンテス、牛島信明訳、岩波文庫)、『セルバンテス』(ジャン・カナヴァジオ、円子千代訳、法政大学出版局)、そして『ナボコフのドン・キホーテ講義』(行方昭夫 河島弘美訳、晶文社)でした。 鼓さんは書いています。

ナボコフの『講義』は15,6世紀に盛んだった騎士道物語に止めを刺し―前篇第6章の焚書の場面を思い出してください―新しい近代小説の祖となったドン・キホーテの物語について現在までに物された最良の解義の一つであると言って良いと思います。

焚書といえば先日読んだ『ホワイト・ティース』にはサルマン・ラシュディの『悪魔の詩』を燃やすムスリムのデモが描かれていました。 03/03/10


著者がナボコフ好きだというので読んだのがゼイディー・スミス『ホワイト・ティース』(小竹由美子訳、新潮社、2001)。
何事もコインを投げてその裏表でしか人生を決められない男アーチーの自殺の試みから始まるこの小説は、バングラデシュ、ジャマイカなどをルーツにもつ多彩な移民たちの過去と現在がロンドンを舞台に風俗を織り交ぜながら明るいリズムで描かれています。 保守的なイメージのイギリスですがロンドンに限れば、そこは人種と宗教が入り混じり、過激な若者が闊歩する混沌のなかにあるかのようです。

わたしはこの本の前はジェーン・オースティンの『マンスフィールド・パーク』(大島一彦訳、キネマ旬報社、1998)を読んでいたのですがそのギャップには(よその国のことながら)隔世の感があります。『マンスフィールド』のヒロイン、ファニーは馬に乗るのにも怯え、宗教と道徳を体現する理想の牧師を目指すエドマンドに控えめな想いを寄せていたというのに、『ホワイト・ティース』のクララはべスパに乗って樫の木にぶつかり前歯をなくし、その娘アイリーはギャング気分でイスラム組織に属する男ミラト(ロバート・デニーロがアイドル)を追っかけています。 ただ『マンスフィールド』で描かれた地主たちの土地改良の趣味だけが『ホワイト・ティース』のジョシュアのガーデニングの情熱の形で受け継がれているかのよう。

科学を信奉する遺伝子学者のチャルフェン(神はサイコロを振らない)のねずみの実験の記者会見を舞台に、明らかになる過去、『タクシードライバー』をなぞるかのようなミラトの行動、そしてコインは使わないアーチーの「決断」等、そのエンディングは圧巻。

下巻(アイリー 1990、1907)の冒頭に『ロリータ』のナボコフの言葉が掲げられています。

原因と結果が交錯するこの錬鉄のような世界において、
私が彼女たちから盗んだあの秘密のときめきが彼女たち
の将来に影響を及ぼさないなどということが、あり得る
だろうか?    

『マンスフィールド・パーク』、『ホワイト・ティース』どちらも純粋に面白く、共にわたしのお気に入りの本となりました。 03/03/06


"『ロリータ』ウラジミール・ナボコフ"というスレッドがTHE掲示板に立っています。 03/02/04


Transparent Things: 中田晶子さんのナボコフサイトです。 ウェブ版「透明な対象」ノートがアップされてます。 トップのモントルー・パラス・ホテルの写真をはじめ画像も豊富。 感激。 03/01/18


大江健三郎著『憂い顔の童子』講談社刊、にナボコフの名が出てくるというので読んでみました。 作者自身を思わせる主人公の古義人が(でも私小説じゃない)残り少ない人生を実感しつつ、息子とローズさんの三人で故郷の四国の森で暮らしはじめます。
ローズさんの元夫は「ロリータ」おたくで、元ニンフェットのローズさんは「ドン・キホーテ」おたく。 

古義人は、ずいぶん昔に読んだわけだが、『ロリータ』の終わり近く、殺人者となったハンバートが、下方の家並から崖の上まで聞こえて来る遊ぶ子供たちの声に、いま自分の脇にあの少女がいないことより、子供らが揃ってあげる声のなかに少女の声がふくまれていないのを "the hopelessly poignant thing" と受けとめる、という箇所が好きだった。 そこでスタンリー・キューブリックが最初の映画で取りあげなかったその部分が、リメークの映画ではどうあつかわれているかと、映画館を覗いたことがある。 小説では回想であるものが、映画では現在のシーンとされていたけれど、その一節がハンバート役のモノローグとして読み上げられたのに古義人は満足した。

これを読んでわたしも満足。
ローズさんの影響で古義人もナボコフの『ドン・キホーテ講義』を読んでいてそこからの言及も随所にあります。 もう一箇所印象的な記述を引用。 ローズさんが紹介するノースロップ・フライの言葉。

ロラン・バルトは、すべての真面目な読書は「読みなおすこと」(リリーディング)だといっている。 これはかならずしも二度目に読むことを意味するのではない。 そうではなくて、構造の全体を視野に入れて読むことだ。 言葉の迷路をさまようことを、方向を持った探究に転じるのだ。

ローズさんも作中で言っていますが、『憂い顔の童子』は古義人が自らと自らの作品をre-reading する話です。 03/01/01


そもそも2002年6月に出版予定だった『ナボコフ=ウィルソン往復書簡』はいったいどうなったのかと久しぶりに作品社のHPを見てみました。 ……なんと、2003年4月以降刊行予定。 02/12/30


日本ナボコフ協会事務局のページのアドレスがここhttp://www.nanzan-tandai.ac.jp/gakkai/nabokov.htmlに移動してます。 02/12/28


30年前に出版されたTransparent Things が遂に日本語で読めるようになりました。
ヒュー・パースンは出版社に勤める編集者。担当する作家R氏(ナボコフを連想させます)との面会のため訪れたスイスの列車の中で、蜂蜜色の肌に黒いスーツの魅力的な女性と出会い……
とても短い小説ですが読者に要求するハードルは高いと思いです。 第3章にヒューが手にした鉛筆の来歴(置き忘れた大工の手から、鉛筆工場、さらに元の松の木まで)が語られます。

かくして、結晶化した炭素と伐採された木からこのつつましい道具へ、この透明な対象へといたるささやかなドラマの一部始終が、瞬く間に展開する

ヒューの人生はその鉛筆のごとく時間とイメージの交差のなかに再現されています。 内容の掴み難さ故もありますが、すぐに読み終わってしまうのが惜しい気がします。 擬人化された炎の描写が気に入りました。

今や炎は階段をのぼり、二つ、三つと組になり、赤いインディアンの隊列となり、手に手をつなぎ、舌に舌を重ね、語らいながら楽しそうにハミングしていた。

巻末の”ナボコフ『透明な対象』ノート”はおもしろいです。 本文中に訳注記号をつけて読者を煩わせたりせずに最後にまとめてあるので、必然的にテクストを再読することになります。

カバーの装画(写真なのかな?)は安田千絵さん。 悪くはないのですが内容とはあまり関係ないと思います。 02/12/07

ウラジーミル・ナボコフ『透明な対象』 若島正・中田晶子訳、国書刊行会より11月25日発行。 02/11/27


これは初めて見るナボコフの写真
HOUSEOFWATERDANCER.COM より。 Writers のディレクトリにいくと他にもコレット、カポーティー、アイザック・ディネーセン、ジェイムズ・ジョイス等、作家のポートレートが多数。02/11/11

上のナボコフの写真は zembla のサイト内でも不鮮明ですが見られます。 今は Nabokov Museum となっているナボコフの生家を紹介するページ。 A virtual tour of 47 Bol'shaya Morskaya  ここのキャプションで撮影した写真家の名前も判明。
ユーサフ・カーシュ Yousuf Karsh (1908-2002)、アルメニア生まれのカナダの写真家です。 よく目にするヘミングウェイやチャーチルの写真は彼が撮ったのですね。 彼はチャーチルから葉巻をとりあげて、怒った首相がカメラを睨みつけるところを撮ったそうですが、ナボコフとのフォトセッション時にも作家が持つ蝶の写真を奪おうと試みたのでしょうか。02/12/17 


11月9日よりこの『ナボコフノート』のホームページアドレスは当初の http://isweb46.infoseek.co.jp/art/sirin-n/ から http://sirin-n.hp.infoseek.co.jp/に変更されています。半年間は前者のアドレスでも自動転送されるそうです。


しばらく書店の棚から姿を消していた晶文社の『ナボコフ自伝 記憶よ、語れ』が2002年10月、九刷で復活。02/11/09


今年国書刊行会から出版される予定のナボコフの小説"Transparent Things"の翻訳について,「本の雑誌」 10月号に"乱視読者"の若島正さんがエッセイをよせていました。 研究室に閉じこもりきりで(ガレー船の奴隷 の気分で )翻訳に没頭していたそうです。 本の題名は「透きとおる物たち」、「透明なるものたち」、「透幻な対象」と変遷を経て最終的に『透明な対象』に決まったようです。 またそこで6月のジュンク堂での「翻訳文学BookCafe」の映像が見られるページを教えられました。 02/10/28 


日本ナボコフ協会事務局のページが更新されてますね。 02/10/28


The Nabokov Society of Japan
日本ナボコフ協会HP
Transparent Things
ナボコフ専門サイト
諫早勇一さんのホームページ
同志社大学言語文化教育研究センター教授
PROBLEM PARADISE
若島正さんのページ
大衆決断
「ナボコフ日記」
たこBar
旧はなまる
ZEMBLA
遠い北国


著者:Vladimir
メール: kolokol@infoseek.jp
更新日: 2009-01-23

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